宇宙人ぶすおの真実の記録

穏和な日常生活の風景。 幸福。 幸せ。 心の安定。 精神の充足。 心の平安。 愛情。 愛と調和。

2011年02月

バレンタインデーチャンピオンズリーグ2011

ブログネタ
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さぁ今年もやって参りました!!!
そう、男の我々にとってポーカーフェイスを装って内心ドキドキうきうき、期待と不安が交錯して心が飛び跳ねるこの日の前後!!

バレンタインダーっぇぇえええええチャンピオンズリーグぅうううう!!!
2011の開幕ですっ!!

そう、僕は、僕にとっては毎年この日は、実は密かな楽しみなのです。

「今年は幾つもらえるのかなぁ。」
「俺にチョコを渡してくれる女性は居るのかなぁ?」

俺にとって、バレンタインデーの規則・ルールがちゃんと自分の中に刻み込まれております。

勝ち点1:義理チョコ1個に付き勝ち点1とする。
勝ち点5:自分に対して本気モードの女性からのチョコ1個に付き勝ち点5とする。
勝ち点10:意中の片思いの女性からのチョコ1個に付き勝ち点10とする。

これにて勝ち点の総計を周辺男性と競い合い、バレンタインデーチャンピオンズリーグを争う。


俺はハッキリ言って正直、毎年かなり自信が有る。
20代のモテ期には、圧倒的強さを周囲に見せ付けた事も有ったのだ。

「今年は何点まで行けるのかなぁ・・・?ウププププププ!!!今年は30点越えを目指すぞぉ!!」


だがそんな俺も、勝ち点10を獲得した事は未だかつて無い。
つまり本気で本当に意中の女性には。未だチョコをもらった事はただの1度も無いのだ・・・。

それだけは人生の心残りの一つなのであるが、人生とは誰にとっても元々皮肉に展開するもの。
そんなに気にするほどの事でもなかろう。


妻からは先程、貰った。
帝国ホテルのチョコレート。
これも美味しかったぁ!!

現在は妻からのチョコ、職場で女性職員からのチョコ。
昔はキリスト教会にて女性信徒さんから頂くチョコ。

こうして俺は毎年、男性としての存在意義と力量と器を、客観的に把握しようと努めるのである。

上記の動画は国生さゆりさんの「バレンタインデーキス」をカヴァーした動画である。
俺はこの歌が大好きだ!
この歌を聴いていると、心が浮き足立って来てルンルンして来ちゃうぅウウ!!


それにしても、この俺自身は決してイケメンでもファッショナブルな格好良い男性でもない。
だが何故、「B君(俺)はモテモテですなぁ。」と同僚男性からも言われるのか??
実は自分では理由は余り良く分からないのだ。


だが大学の同級生の親友で姓名判断に詳しいアマチュア易占学者が居た。
彼に言わせると、僕の姓名の心臓部である人運(主運)が19画で、これは「才智は有るが未完の暗示で吉凶相半ばの半吉半凶数。」なのだそうな。
そして19画を主運に持つ人の特長は、「どことなく異性を惹き付ける魅力を持っている」のだと。

なるほどね。
って事で、ホラ、今年も次々に女性からのチョコが到着してます。


♪♪♪バレンタインデーキぃっス♪♪♪

スポ少ピッチャーの人類終末予言

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僕は職業柄、老若男女様々な方達を相手にする第3次サービス産業に従事する社会人なのだが、先日、スポーツ少年団(野球)にて投手(ピッチャー)をやっていると言う小学校3年生の少年と出会った。

話を聴けば、もう2年生の時分からスポーツ少年団で野球をやっていると言う。
小学校3年生にて既に野球チームと言う組織の最重要ポジションを任されているなんて、大したものだと感心してしまった。


この少年は大人しく、また俺にとっては非常に興味深い話を切り出した。

「今、学校でね、今年の2011年の10月には人類が滅亡しちゃうんだって、そう皆言ってるよ。」

驚いた。

本ブログ記事の前のページを御覧になって頂きたい。
これは正に、今一部で話題の古代マヤ暦が終わる事に起因するとされる説。
しかも、最近になって唱えられ始めた、修正版の新説だ。

こう言う事は、俺がこの少年の時分にも流行った。
そう、あのノストラダムスの予言:「1999年7月に人類は滅亡」

そう言う荒唐無稽で突拍子も無い話や説は、小学生の純真な心をかくも捉え易いものなのか。


恐らく今年の10月になっても、俺は相変わらず今の職場で働き続け妻を養い、この少年は必死に球を投げて相手打撃陣を抑え込もうと必死になり、グラウンドに快音を響かせている事だろう。

俺はキリスト教徒(クリスチャン)であるから聖書は愛読書だ。
「愛の宗教」とされるキリスト教も、日本人には余り良くは知られていないが、実は強烈な終末思想の宗教なのである。
教祖・開祖のイエス自身、弟子達との対話の中で「この世の終わり」だとか「世の終末」と言った話題に度々触れている。
そして世界人類史上最大のベストセラー「聖書」の最終巻は、人類終末の様相を生々しく描き出すトドメの預言なのである。

この世の終わり。
そんなものいつ来るかなんて人間には分からない。
イエス自身も、そんなものは神だけが御存知であると言っている。

だから、俺達はそもそもそんなもの考えなくて良いのだ。

日々を淡々と幸せに暮らす。

それだけが、今の俺にとってほぼ唯一に正しき人生の過ごし方だと信じられるのみである。

川根温泉 ふれあいの泉

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川根温泉に妻と久し振りに行って来た。
この川根温泉はここ静岡県中西部地域においては、唯一の源泉掛け流し放流で加水加温無しの正真正銘本物の温泉である。


館内に飾られているのだが、上記写真に有る様に落合博満氏もお気に入りの温泉なのである。

久し振りに入ったがやはり良かった。
体の芯からポカポカほっこり温まる。

浴場からは、丁度SLが走る様が遠望出来る様になっている(上記写真)。
今日も元気に汽笛を鳴らし、機関車の煙突から黒い煙をモコモコと吐きながらシュポシュポ走ってた。


一度でも本物の温泉を体験・体感すると、もう循環濾過とか加水・加温の所謂「偽モノ温泉」は2度と入りたくなくなってしまう。

我が親友のO津君の地元に有る湯布院や別府温泉では、地域住民の民家の風呂に、普通に温泉の源泉が引かれて自宅でいつでも源泉掛け流しの温泉が楽しめると言う、僕と妻に言わせれば正に極楽な恵みに与っている人達も有る。


妻としばしば言い合うのだが、仕事を現役引退したら、そうした温泉の源泉を家庭に引ける地域に引っ越して、毎日自宅で温泉に浸かり、平穏な余生を過ごしたいと常々思っている。

島唄



THE BOOMの島唄。
ボーカルの宮沢和史さんの唄が、今思えばとても懐かしい。


最近ひょんな事で、僕はこの良い歌を思い出した。

常日頃から仕事でお世話になっているMさんがかつてその昔に、携帯電話の着メロがこの島唄だったのだと。


この歌は、本当に良い歌だと思う。
僕は普段鑑賞する音楽はバッハやモーツァルトを主にクラシック音楽ばかりなのだが、この歌はもうかれこれ18年来大好きだ。

確か、僕が高校3年生の時に発表された楽曲だったと記憶する。

僕はこの曲のシングルCDを、地元のCDショップに学校の帰りに買いに行った。

その時の女性店員のお姉さんが、妙にハッとさせる人だった事も何故か今でも覚えている。
この「島唄」のシングルCDを買おうと手に取り、傍らに居た同級生にこの曲の良さを訴えたのだが、その人の音楽趣味は俺とは合っていないせいか、「お前、趣味悪いよなぁ、こんな変な曲をわざわざお金出して買うなよぉ!」
貸してやるからダビングしろと言っても、笑われて断られた。

そんな僕と友人のやり取りを見ておられたその女性店員さんは、僕が商品をレジに持って行ったら、面白がっている風に僕を見詰めながら応対してくれた。


その後、この「島唄」は僕の心の名曲となった。


その後の人生において、カラオケに行く度にほぼ必ず絶対に僕はこの歌を歌う様になった。
上手い下手は別として。

そして高校時代に友人とカラオケに行っても、大学時代に行っても必ず「島唄」を歌い、そして居合わせた友人達の失笑を必ず買ったものだった。


僕は高校3年生の時は当然の様に大学受験に失敗し浪人し、3歳まで生まれ育った東京都に上京。
予備校生活が晴れて始まったのだが、そこで当の沖縄県出身の面白い友人と知り合い、僕がこの「島唄」が大好きである事を告げると、彼は教えてくれた。
「『でいご』って言うのは沖縄に咲いている花の名前だよ。それで『ウージ』ってのは砂糖黍(さとうきび)の事だよ。」

そして、愚劣な僕は大学浪人生活2年目突入と共に故郷に凱旋帰郷。
地元の予備校で同じ高校出身の顔見知りの知人達と共に、恥辱に塗れた大学浪人生活2年目をスタートさせ、同級生達は既にそれなりの高いレベルの大学にほぼ全員が合格を果たして既に晴れがましい新生活をスタートさせている中、いつしか僕は心の中に埋め難い孤独や隙間を抱える様になり、今でも自分の行動が信じられないのだが、と或る日、地元の繁華街の見知らぬ場末のスナックに独りでふらりと入った。

そして元々全く呑めもしないお酒を当然注文し、今でも不思議なのだが呑んでも全然酔わない、酔えない。
心に大きな孤独や隙間を独りで抱えていたからだと今でも当時をそう振り返る。


そこでカラオケを歌う様な雰囲気になり、当時19歳の坊やの僕にマイクが廻って来た。
僕はママに、この「島唄」を指定した。

そして狭く小さい店内に島唄のイントロが流れると、隣に居合わせたオッチャン客が柔和な笑顔になってくれて、「俺、この歌好きだな(^^)」

いつも孤独で、心が地べたを這い蹲る情けない、常に大きな不安に苛まれて孤独な、後にも先にも最低にカッコ悪い人生を送る事を余儀無くされていた青春真っ盛りの19歳の当時、人生の中のほんの一瞬の場面ではあるにせよ、こうして後々まで記憶に残る良い思い出に、この名曲「島唄」は極個人的にまつわるのだ。


僕は普段は、今から260年以上も前にこの地上世界に降臨した音楽の神が全人類に遺した音楽文化遺産を、最新のデジタル音声技術で再現された状態で繰り返し聴き、浸り、愉悦を感じて、癒されて、日々心や精神を支えて頂いている。

その神が遺した音楽文化遺産と同格に、この「島唄」は僕にとって心の歌であり、この先もずっと一生涯愛聴するであろう数少ない傑作作品なのである。

当の沖縄県は何かと理不尽な扱いを受け続けている歴史が現実に有る。
悲しい戦争の歴史も強烈に色濃く存在し、その爪痕は現在でも残存する。


だがこの「島唄」は、地球の裏側のブラジル共和国にても人気を博した真に国際的でグローバルな名曲だ。


宮沢和史さんが作詞した本曲の歌詞にも有る様に、この島唄が力強く沖縄の島を越えて大海原を渡り、人類に普遍:UNIVERSALのメッセージをこれからも投げ掛けて行く。
僕にはそんな気がしてならないのだ。
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