宇宙人ぶすおの真実の記録

穏和な日常生活の風景。 幸福。 幸せ。 心の安定。 精神の充足。 心の平安。 愛情。 愛と調和。

Tag:恩師

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中学時代の恩師のS先生と、久し振りにお会いして食事したのであるぅ~!!!

何とS先生は、現在は僕と同じ市内に御在住であり、直ぐ近くにいらした事が判明した!
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2人で色々な事を夢中になって語り合った!
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S先生は音楽が御担当でいらっしゃるのだが、僕が感じるに、当時のS先生の音楽の授業よりも現在の方がより進化し、深化を遂げていると感じ申し上げたのだ。

S先生曰く、世界にはあらゆる民族固有の音楽が存在し、例えば音楽の父:バッハを頂点とする西洋音楽の立場に立てば日本の雅楽や尺八の音など音程ハズレで全く正しい発音を出来ていないと見做される。

だが、それは違うのだと。

お互いそれぞれの違いを先ず認識し、自分の価値観から見れば違う事や受け入れられない相手の事を認めれば、違いを受け入れられる。そう言ったS先生の音楽教育の哲学であった。
様に僕には感じた。
元より浅学な僕如きが、立派な恩師のS先生の仕事上の哲学など理解出来る筈もないし、従って恩師の先生の哲学を僕如きが要約してしまう事など失礼そのものなのではあろうが、S先生の音楽の授業を再び僕は今になって受けて受けてみたいと思えてしまったのだ。
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バリトンのS先生は23年前の当時はフランツ・ペーター・シューベルトの歌曲:魔王が持ち歌でいらしたのだが、今ではそれはもう唄ってはいらっしゃらないのだと・・・。
そう伺った時、僕はとても残念で寂しい心境になったのだが。

今赴任している公立中学校にて生徒達に歌を教える中で、そこで歌われる哀しいナマナマしい内容と言うのは、決して歌い手が好きで唄っているのではなくて、歌わずにはいられないほどの切迫した状況下に在ったのだよと、そう生徒に教えておられるのだそうだ。

そうした恩師のS先生の音楽教育哲学に改めて触れてみて、主に古典音楽の声楽曲の大ファンである僕としては、改めて思い知らされる思いがして、恩師との食事会のその場で深く考え込んでしまったのだった。



思い出して見れば、S先生は僕等を担任為さっておられた当時、自らの自腹のお金で僕等の学校行事の資金や、僕等の飲食費を捻出しておられた。
誠に今になって思い出しても恐れ入るし、恐縮だ。
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世界中何処でも、人間は必ず、歌い唄う。
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考えても見れば、ヒト、即ち人間:HUMAN BEINGは必ず想いを歌に託して唄う生き物だ。
つまり、我々人間にとって、歌は永遠普遍の行為であると断言出来よう。
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恋愛に浮かれてハッピー頂点の歌は世に溢れているし、また哀しい自身の現在状況を歌にして心を紛らわせる事も世界中に見られる。
また世界では今も其処彼処で歌で神を賛美する。

歌う、唄うと言う事。

恩師のS先生と久し振りに再会してお話させて頂いて、何だか再び深く考えさせられた。

S先生、お忙しい中をどうも有難う御座いました!!!
H君のfacebook上での熱心な活動が実を結び、3月9日(土)に我々の同窓会が実現出来そうですよね!!
今から本当に楽しみですよぉ~~~!!今度はS先生を交えて皆でお会い出来ると思うと心が今から弾みます!!
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ブログネタ
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僕にとって生涯最大に運命的な出来事だったのは、何と言ってもキリスト教との出逢い・邂逅だろう。

当時の僕はまだ3歳の幼稚園児。

伯父は、生まれ育った地元に本社を置く会社員で当時まだ部長さんだったかな。
海外出張から帰る度に、伯父さんと伯母さんは小さい子供の甥っ子と姪っ子の僕等にお土産を買って来てくれた。

その中に、僕へのプレゼントがクリスマスの仕掛け絵本だった。
開けると飛び出す仕掛けの絵本って、今でも有るでしょ。

それそれ。
2冊くれて、1つはキリストの降誕を描いた写実的なタッチの、もう1つは劇画タッチのおっちょこちょいのサンタクロースが煙突から他人の家に無断侵入して子供に贈り物を置いて行くって感じのヤツだったかな。

その本の絵の美しさと綺麗さときらめきが、当時3歳の子供の俺の心を掴んで離さなかった。


後に成長したオイラは、キリスト教に纏わるルネッサンス絵画を眺めたり、音楽の父:J.S.BACHの宗教音楽を好んで聴く様になった。

そして、自分でも思いも寄らない運命展開。

遂には洗礼を受けてキリスト教に入信しちまって、更には神学部に通って牧師に成りたいなどと思い始める始末。


全ては、伯父さんと伯母さんがくれた、あの絵本が切っ掛けだった。


その後、今の妻と偶然に運命的出逢いを果たし、幸福な人生の基礎を固められた。

その後も、一生涯の御恩を賜った恩人、掛け替えの無い素晴らしい人間、男女問わず運命的な出逢いは、今振り返れば沢山有った。


ヒトの運命って、最初から決まっているのかな。

運命的な出来事。

それは、誰しもにとって必ず有るのかも知れない。

出来れば、その運命的な出来事とは、その後の人生展開に発展的で建設的なものである事を望むのがヒトと言うものだろう。

悪い意味での運命的な出来事など、誰も望まない筈だ。


是非とも、良い運命を祈りたいものである。
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