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僕のオフクロが僕等夫婦に 、またもや大衆演劇の鑑賞チケットを買ってくれた。
前回の新川劇団(しんかわげきだん)の新川笑也・博也兄弟(上記写真)の大衆演劇を、感激しながら観劇して以来、僕はこの大衆演劇と言うもののファンになってしまった事は、既述の通り。
そして今回は、場所は前回と同じ浜名湖ロイヤルホテルながら、演劇団体は違って今回は、「松丸家小弁太劇団」。
オフクロが大絶賛していたので、今回は妻と義母と3人で昼の部公演を観に行った。
ここが、浜名湖ロイヤルホテル。
いっやぁ~、面白かったよ本当に!!!
(ここからは、画像が上手く出力出来なかった為、イメージ画像と差し替えさせて頂きます)
話の筋書きは、こうだった。
先ず、貧乏で食うや食わずの家から立身出世して晴れて見事に武士となった長男夫婦は、同居する長男の母親とうだつの上がらない実弟を次第に疎ましく思う様になり、遂には母親に向かって親子絶縁&今直ぐこの家を出て行けってんだゴッラァの突如に退去命令。
これに非常に心を痛める母親と、その母親を慕い庇い、そして常に優しく在る平大工の次男坊とその連れの男性は、偶然に道中うら若き美しい御嬢様がお侍様の強引な拉致リアン暴力被害の現場に遭遇。
次男坊は御嬢様を救助して、お侍様の暴挙から彼女を無事に解放した。
所が、その救助した御嬢様は、武士を育成する名道場の家元の御嬢様で、しかも身分が下だと次男坊を馬鹿にして蔑んで母親を家から叩き追い出した、武士に成り上がった長男の家元様でもあった。
家元にその誠意と男気を見込まれて、先に救出した家元の御嬢様の婿養子と成り、家元の後継者と相成った次男坊は、それまで馬鹿にして見下されていた長男夫婦とたちまち立場は大逆転。
その場に母親は同席し、家元の前で、いがみ合っていて疎遠になった兄弟は、遂に母親を中心にして和解した。
HAPPY ENDのめでたしめでたし。
っとまあ僕が勝手に要約してしまうと、こんな所だった。
だが、これを感激しながら涙ぐみつつ観劇していて、僕はとても思い当たるふしが有ったのだ。
実は最近、昨年の年末辺りから、僕の人生が空回り、或いは逆回転する事ばかりに見舞われて、僕は最近実はかなり体調不良で気分も凄く落ち込んでいた。
今でも、その人生上の問題は中々解決には至らない。
まぁ、人生なんて誰にとってもままならないもので、年末に遊びに来てくれた僕の実弟の言葉を借りれば、人生って苦しい事や辛い事が80%で、後の20%が楽しみや快楽だ。
これには僕も全く同感。
実は今朝も、軽い鬱になった様に布団から全く出られず、ずっと軽い目眩を覚える僕を見るに見兼ねて、妻が義母、つまり僕の母親から譲り受けた大衆演劇の鑑賞チケットと、同ホテル併設の「雄踏温泉」の入浴チケットを使って、気晴らしに行こうと夫の僕を外に連れ出したのだ。
(記事途中ですが、本ブログ:メインコメンテイターを長年に渡りお務め頂いているkinta氏からの真摯で誠実な助言に従い、一部大幅削除致しました)
そしてだ、大体そもそも思い出してもみろよ。
僕が前回鑑賞した、新川劇団の新川笑也さんと新川博也さんの御兄弟は、兄弟仲良く力を合わせて協力して、劇団を盛り立てて必死に維持して、人々に大衆に素晴らしい楽しみと感動を与え続けてらっしゃるではないか。
ここで僕は、世界人類史上最大の古典であるBIBLE:聖書の中の、大好きな一節を想起した。
ここに書き出して見よう。
旧約聖書 ダニエル書 第12章 1節~3節 (新共同訳)
その時、大天使長ミカエルが立つ。
彼はお前の民の子らを守護する。
その時まで、苦難が続く。
国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。
しかし、その時には救われるであろう
お前の民、あの書に記された人々は。
多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。
ある者は永遠の生命に入り
ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。
目覚めた人々は大空の光のように輝き
多くの者の救いとなった人々はとこしえに星と輝く。
だがこの僕が、自身や自分の家族親類の人生において、真に希求し心から望む願望は、この箇所の後半部分だ。
話がつい逸れて、長くなった。
お芝居がやがて終わり、僕は最後の場面で思わず涙ぐんだ。
そして休憩を挟み、後半は歌謡ショーだ。
この第1曲目が、これまた僕にはとても印象的だった。
先ず、普通の平凡な大工の亭主とその女房が、歌曲に合わせて掛け合い演技。
曲冒頭の出だしは、夫婦喧嘩の後のちょいと気まずい状況と言う設定だったか。
亭主:半ば不貞腐れながら、そっぽを向いて大工の仕事をしつつ、「♪お前さんや、俺の他にもっと良い男が見付かったのなら、とっととそっちに行ってくんな。」
女房:そんな亭主にそっと優しく近付き、優しく亭主の肩をそっと叩きながら、「♪何言ってるんだい、お前さん。そんな男が居たのなら、わたしゃとっくにそっちに行ってるよ。でもさ、こうして何かの縁でアンタと一緒になって、夫婦になった縁じゃないか。大きな夢は見ないで居ても、地味にこうして夫婦で一緒に仲睦まじく、死ぬまで添い遂げ致しましょう。」
そして女房は笑顔で亭主の大工の仕事を手伝い、夫婦2人仲良く、しかし最後にはまた夫婦喧嘩しつつも(ここで観客から笑いが起きた)、やっぱり平凡ながらも仲の良い夫婦さねって感じで、演歌調の曲に合わせて締め括られた。
僕は普段はこうした西洋音楽の歌劇:オペラを特に好んで鑑賞する、と言っても専らCDで音楽のみの鑑賞なのだが。
そんな僕からすると、こうした大衆演劇や演歌と言った大衆芸能・芸術は、かえって僕の耳にはとても新鮮に心地良く響く。
松丸家小弁太劇団の演劇が終わり、帰りに出口で出演者スタッフの方々全員が、我々観客全員と素晴らしい笑顔で丁寧に握手に応じて下さった。
その後我々は、ホテル1階の温泉大浴場に移動し、ゆっくり温泉に浸かった。
その温泉の心地良い湯の中で、僕は前半部分に述べた様な事を思索していたのであった。
夕食は、自宅で我々を待ち続ける義父の為に、僕はお寿司の持ち帰り専門店にて4人分のお寿司を買って妻の実家に戻る事を提案。
すると義母が僕に、「M君(僕の下の名前)は優しいねぇ(笑顔)」
そして、妻の実家で4人で美味しいお寿司を、ついでに義母のお手製のとても美味しい里芋の煮物を、皆で仲良く美味しく食べて、義父にも笑顔でとても感謝されて、こうして実の親兄弟どころか、お互いの義理家族までもがとても仲良しで、実に幸福で幸せな、神様の恵みと実りに豊かに満ち溢れた今日と言う日が、終わったのでした。
主イエス様、心より限り無く感謝致します。
僕のオフクロが僕等夫婦に 、またもや大衆演劇の鑑賞チケットを買ってくれた。
前回の新川劇団(しんかわげきだん)の新川笑也・博也兄弟(上記写真)の大衆演劇を、感激しながら観劇して以来、僕はこの大衆演劇と言うもののファンになってしまった事は、既述の通り。
そして今回は、場所は前回と同じ浜名湖ロイヤルホテルながら、演劇団体は違って今回は、「松丸家小弁太劇団」。
オフクロが大絶賛していたので、今回は妻と義母と3人で昼の部公演を観に行った。
ここが、浜名湖ロイヤルホテル。
いっやぁ~、面白かったよ本当に!!!
(ここからは、画像が上手く出力出来なかった為、イメージ画像と差し替えさせて頂きます)
話の筋書きは、こうだった。
先ず、貧乏で食うや食わずの家から立身出世して晴れて見事に武士となった長男夫婦は、同居する長男の母親とうだつの上がらない実弟を次第に疎ましく思う様になり、遂には母親に向かって親子絶縁&今直ぐこの家を出て行けってんだゴッラァの突如に退去命令。
これに非常に心を痛める母親と、その母親を慕い庇い、そして常に優しく在る平大工の次男坊とその連れの男性は、偶然に道中うら若き美しい御嬢様がお侍様の強引な拉致リアン暴力被害の現場に遭遇。
次男坊は御嬢様を救助して、お侍様の暴挙から彼女を無事に解放した。
所が、その救助した御嬢様は、武士を育成する名道場の家元の御嬢様で、しかも身分が下だと次男坊を馬鹿にして蔑んで母親を家から叩き追い出した、武士に成り上がった長男の家元様でもあった。
家元にその誠意と男気を見込まれて、先に救出した家元の御嬢様の婿養子と成り、家元の後継者と相成った次男坊は、それまで馬鹿にして見下されていた長男夫婦とたちまち立場は大逆転。
その場に母親は同席し、家元の前で、いがみ合っていて疎遠になった兄弟は、遂に母親を中心にして和解した。
HAPPY ENDのめでたしめでたし。
っとまあ僕が勝手に要約してしまうと、こんな所だった。
だが、これを感激しながら涙ぐみつつ観劇していて、僕はとても思い当たるふしが有ったのだ。
実は最近、昨年の年末辺りから、僕の人生が空回り、或いは逆回転する事ばかりに見舞われて、僕は最近実はかなり体調不良で気分も凄く落ち込んでいた。
今でも、その人生上の問題は中々解決には至らない。
まぁ、人生なんて誰にとってもままならないもので、年末に遊びに来てくれた僕の実弟の言葉を借りれば、人生って苦しい事や辛い事が80%で、後の20%が楽しみや快楽だ。
これには僕も全く同感。
実は今朝も、軽い鬱になった様に布団から全く出られず、ずっと軽い目眩を覚える僕を見るに見兼ねて、妻が義母、つまり僕の母親から譲り受けた大衆演劇の鑑賞チケットと、同ホテル併設の「雄踏温泉」の入浴チケットを使って、気晴らしに行こうと夫の僕を外に連れ出したのだ。
(記事途中ですが、本ブログ:メインコメンテイターを長年に渡りお務め頂いているkinta氏からの真摯で誠実な助言に従い、一部大幅削除致しました)
そしてだ、大体そもそも思い出してもみろよ。
僕が前回鑑賞した、新川劇団の新川笑也さんと新川博也さんの御兄弟は、兄弟仲良く力を合わせて協力して、劇団を盛り立てて必死に維持して、人々に大衆に素晴らしい楽しみと感動を与え続けてらっしゃるではないか。
ここで僕は、世界人類史上最大の古典であるBIBLE:聖書の中の、大好きな一節を想起した。
ここに書き出して見よう。
旧約聖書 ダニエル書 第12章 1節~3節 (新共同訳)
その時、大天使長ミカエルが立つ。
彼はお前の民の子らを守護する。
その時まで、苦難が続く。
国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。
しかし、その時には救われるであろう
お前の民、あの書に記された人々は。
多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。
ある者は永遠の生命に入り
ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。
目覚めた人々は大空の光のように輝き
多くの者の救いとなった人々はとこしえに星と輝く。
だがこの僕が、自身や自分の家族親類の人生において、真に希求し心から望む願望は、この箇所の後半部分だ。
話がつい逸れて、長くなった。
お芝居がやがて終わり、僕は最後の場面で思わず涙ぐんだ。
そして休憩を挟み、後半は歌謡ショーだ。
この第1曲目が、これまた僕にはとても印象的だった。
先ず、普通の平凡な大工の亭主とその女房が、歌曲に合わせて掛け合い演技。
曲冒頭の出だしは、夫婦喧嘩の後のちょいと気まずい状況と言う設定だったか。
亭主:半ば不貞腐れながら、そっぽを向いて大工の仕事をしつつ、「♪お前さんや、俺の他にもっと良い男が見付かったのなら、とっととそっちに行ってくんな。」
女房:そんな亭主にそっと優しく近付き、優しく亭主の肩をそっと叩きながら、「♪何言ってるんだい、お前さん。そんな男が居たのなら、わたしゃとっくにそっちに行ってるよ。でもさ、こうして何かの縁でアンタと一緒になって、夫婦になった縁じゃないか。大きな夢は見ないで居ても、地味にこうして夫婦で一緒に仲睦まじく、死ぬまで添い遂げ致しましょう。」
そして女房は笑顔で亭主の大工の仕事を手伝い、夫婦2人仲良く、しかし最後にはまた夫婦喧嘩しつつも(ここで観客から笑いが起きた)、やっぱり平凡ながらも仲の良い夫婦さねって感じで、演歌調の曲に合わせて締め括られた。
僕は普段はこうした西洋音楽の歌劇:オペラを特に好んで鑑賞する、と言っても専らCDで音楽のみの鑑賞なのだが。
そんな僕からすると、こうした大衆演劇や演歌と言った大衆芸能・芸術は、かえって僕の耳にはとても新鮮に心地良く響く。
松丸家小弁太劇団の演劇が終わり、帰りに出口で出演者スタッフの方々全員が、我々観客全員と素晴らしい笑顔で丁寧に握手に応じて下さった。
その後我々は、ホテル1階の温泉大浴場に移動し、ゆっくり温泉に浸かった。
その温泉の心地良い湯の中で、僕は前半部分に述べた様な事を思索していたのであった。
夕食は、自宅で我々を待ち続ける義父の為に、僕はお寿司の持ち帰り専門店にて4人分のお寿司を買って妻の実家に戻る事を提案。
すると義母が僕に、「M君(僕の下の名前)は優しいねぇ(笑顔)」
そして、妻の実家で4人で美味しいお寿司を、ついでに義母のお手製のとても美味しい里芋の煮物を、皆で仲良く美味しく食べて、義父にも笑顔でとても感謝されて、こうして実の親兄弟どころか、お互いの義理家族までもがとても仲良しで、実に幸福で幸せな、神様の恵みと実りに豊かに満ち溢れた今日と言う日が、終わったのでした。
主イエス様、心より限り無く感謝致します。
コメント
コメント一覧 (7)
ところで、今日もまた快晴ですね
気持ち爽やかに毎日を過ごしたいものですね
今回はかなり具体的に記述してしまいましたが、ではこの書かれている対象の方々が、一体何処の誰を指しているのか、極々僕に近しい極々一部の関係者以外は類推する事すら不可能であろうと思います
従って、僕は然程大きな問題は無かろうとの判断に立ち、敢えて具体的で生々しい描写に踏み切る事に致しました
勿論、僕は本ブログのメインタイトル下部分にて、僕個人のメールアドレスと携帯電話番号を常に公開している訳ですから、書かれている対象となっている方達からの抗議等が御座いましたら、迅速かつ果断に対処する準備もまた一方で出来ております
今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます
良かったですねぇ。
僕は大衆演劇には無縁でして、未だに未経験でございます。
福岡の飯塚市にある「嘉穂劇場」には一度は行こうかなと思ってはいるのですが・・・・
なかなかタイミング等が合いません。
さて、今回のブログ拝見しました。
ストレス発散の為でしょうか?赤裸々にT家のことが書かれておりますが、個人的にはいかがなものかと思います。
問題になるとかならないとかという以前に個人的な人の悪口を言う事はいただけませんね。
思いのまま表現して、すっきりしたように感じておられるかもしれませんが、汚い言葉や否定的な言葉というのは、自分自身にもストレスを与えるものではないかと思います。
また、人の悪口を言うと巡り巡って自分に返ってくるものだと、子供のころ教わりました。
逆に良い行いをすると同じように自分に返ってくるものではないでしょうか?
すると周りに人はどうでしょう?
きっとストレスや嫌な気持ちになると思います。
周りに、そういうマイナスのものを与えるということを自覚したほうがよいかと思います。
そういうマイナスのものを周りに与え続けるとどうなるでしょうか?
答えはわかりますよね。
そう自分に跳ね返ってくるのです。
悪口を言えば、聞かせた相手からはその程度のレベルだと思われ、いつの間にか自分が悪口を言われるようになるのではないでしょうか?
親が喧嘩ばかりしている家庭の子供はどうでしょうか?
仲の良い親や笑いの絶えない家庭の子供はどうでしょうか?
周りに与える影響もあるかと思います。
自分に対してどうされたとか自慢してきたとか、そうした相手が衰退したとか、今後どうなるとか・・・・
人は人、人はどうあれ、自分はまっすぐにしておくことが大切です。
人を批判する前に、自分自身は謙虚であること。
世の中にはいろんな人がいます。
周りを良く見てほしい。
僕の知る限りすごい人は、謙虚でいて素直で前向きでプラス思考です。
これまで身につまされる思いもしたはず。
身につまされて反省した時は、大悟徹底とまではいかないにしても、自分のおごりの気持ちや行動に気がつき、心新たに進もうとした自分がいたはずです。
その時の気持ちを思い出し、謙虚で素直な気持ちで、己の考えや立ちふるまいを客観的に見直してはいかがでしょうか?
今まで見えなかった正邪が見えてくるのではないでしょうか?
素直で謙虚に、そして寛容で辛抱強い心を養ってください。
世間は冷たく厳しくもあれば暖かくもあります。
日々の立ちふるまいを反省しつつ、身を処しまっすぐに精進すれば、自然と自分の周りが暖かくなり、暖かい世間が近づいて来るのではないでしょうか?
僕にとっては毎度ながら実に耳の痛い御指摘、いえ、人生の大先輩として温かい愛の有る御助言とアドヴァイスを、本当にどうも有難う御座いました
僕は酒・煙草・ギャンブル等は一切やらず、自分で言うのもなんですが趣味も余り無い(クラシック音楽鑑賞がほぼ唯一の趣味ですが、ここ20年来全く同じCDを繰り返し鑑賞しております故、CDやDVD/BDの購入すら殆ど全く無いのです)のでお金を余り使わず、質素な生活はしておりますが、インターネットがほぼ唯一の心の捌け口になってしまっており、後はkinta様もここ10年来御覧になられている通りです
なのでお恥ずかしい話ですが、僕は一家親族の中で最も人格や性格の破綻した者として、一部の家族・親族からは距離を持たれてしまっております
しかしながら今回のkinta様からの御指摘は、良い意味でとてもグサッと胸に刺さるものが御座いまして、また良い意味でとてもショックで衝撃だった故、3回程繰り返し噛み締める様に、自身に言い聞かせる様に拝読させて頂きました
いつもいつも毎回毎回ですが、本当にどうも有難う御座います
誠に人生の至言や箴言、本当にどうも有難う御座います
拝読しながら、赤面する位に自分自身が恥ずかしくなる思いがする一方、とても温かく激励されて、今回の事にめげて相手のT家を逆恨みしてブログで心の中のヘドロをぶちまける様な真似は、明日に誕生日を迎えて、何ともう40歳にもなる人間としては、いささか低レベルでお恥ずかしい事だと思い至りました
そうですよね、kintaさんの全く仰る通りですよね
毎日読んでいる筈の聖書:BIBLEの中でも、主イエス様は全く同じ様な事を仰って戒めて下さっている筈なのに、それを全く心に刻み付けていない自分に気が付きます
T家の方々も、僕に対しては面と向かっては余り言っては来ませんが、彼等なりに僕に対して不快感を彼等もまた感じて居られたのかも知れませんよね
kinta様には人生の重要な場面で、大変に心の奥に響く素晴らしく温かい人生指南を毎回毎回頂いておりますが、それらは僕の周囲の本ブログの読者諸氏にも、記事内容よりもkinta様のコメントの方がとても好評であります
いつもこんな愚かな僕を教導して下さり、誠に有難う御座います
僕も今は何かとままならず苦しい局面が今しばらく続きそうですが、kinta様からの今回の温かい激励は、また思い返して振り返って、この貴重なコメントを繰り返し拝読させて頂こうかと思います
妻と共に、いつの日かkinta様にお逢い出来る日を心より楽しみにお待ちしております
大変にお忙しい中を、わざわざ本当にどうも有難う御座いました
すみません、余りに阿保らしくて、読む気にもなれません