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Merry Christmas AD2025
帝王カラヤン指揮:ドビュッシー作曲・歌劇ペレアスとメリザンド

ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』全曲
フレデリカ・フォン・シュターデ(メリザンド)
リチャード・スティルウェル(ペレアス)
ヨセ・ヴァン・ダム(ゴロー)
ルッジェーロ・ライモンディ(アルケル)
ナディーヌ・ドゥニーズ(ジュヌヴィエーヴ)
クリスティーヌ・バルボー(イニョルデ)
パスカル・トーマ(羊飼い、医者、他)
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
録音時期:1978年12月
録音場所:ベルリン、フィルハーモニー
録音方式:ステレオ(アナログ/セッション)
帝王カラヤン指揮のドビュッシー作曲:歌劇・ペレアスとメリザンド。
楽曲自体と指揮・演奏が非常に妖艶で耽美。幽玄で神秘的な音響空間が、何処までも拡がり行き続けます。
やはり同モチーフ作品のワーグナー作曲:楽劇・トリスタンとイゾルデと、全体の雰囲気が似通っています。
故にとっても良く眠れて、従って睡眠導入音楽としても最適です。
【CD13】《18世紀ドイツのフルート協奏曲》、を聴いた。

【CD13】《18世紀ドイツのフルート協奏曲》
1) カール・シュターミッツ:フルート協奏曲ト長調Op.29,
2) フランツ・クサヴァー・リヒター:フルート協奏曲ホ短調,
3) ヨハン・シュターミッツ:フルート協奏曲ト長調,
4) ホフマン(ハイドン):フルート協奏曲ニ長調,
5) グルック:精霊の踊り
バルトルド・クイケン(フラウト・トラヴェルソ:1-4),クレール・ジモン(フラウト・トラヴェルソ:5), ターフェルムジーク・バロック・オーケストラ[録音]1991年

アルバムタイトルからすると、僕が直ぐに連想するのはやはり、当時のドイツのプロイセン王:フリードリヒ2世(大王)陛下だ。

事実彼はこうして音楽やフルートを非常にとても愛好し、音楽の父:J.S.Bachは彼に対して、「音楽の捧げもの」を作編曲し献呈している。
いっやぁ~、先ずはフラウト・トラヴェルソの名手であり、かのクイケン3兄弟の一人、バルトルド・クイケンの演奏は、やはりここでも圧巻だ。
前回のアルバムは古典のイタリア音楽であり、今回は古典のドイツ音楽か。
うん、良いねぇ!
僕から見たら、最後の小作品の「グルック:精霊の踊り」が、これまた僕の好みのゆっくりスローテンポで優雅な旋律を、古楽器が鄙びた響きで奏でて、これまた滅茶サーヴィスなボーナストラックな感じでとても宜しい。
これはグルック作曲の歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」の中の1曲なのだが、これが独立されて演奏される機会は多いので、メロディは誰でも一度は耳にした事は有るだろう。

こちらのアルバムにも「グルック:精霊の踊り」は収録されていて、こちらは言わずもがなの帝王カラヤンがいつもながらに超滅茶耽美的にピカピカに磨き上げた、滴る様に美しい演奏だ。
帝王カラヤンは、こうした小作品も絶対に全く手を抜く事無く、全身全霊で指揮して、手兵のベルリンフィルの奏者達は全員、大真面目に彼の厳しい指揮に全力で応えている。
現代オーケストラの最高峰であるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の現代楽器は、本当に最高に美麗で止め処無くうっとりさせられて深く幻惑させられてしまうのだが、今回紹介の古楽器演奏と対比的にも聴けて、僕はまたしても、とても面白い音楽体験を得られる事となった。

妻は今回紹介の古楽器演奏の「精霊の踊り」に接して、「眠るのには丁度良い曲だよね(^^)」と。
但し本アルバムにおいて、同曲「グルック:精霊の踊り」のみは、フラウト・トラヴェルソの奏者はバルトルド・クイケンではない事は、僕から少し注意しておく。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲:レクイエム ブルーノ・ヴァイル盤を聴いて、故人を偲ぶ。
【Disc15】
モーツァルト: 『レクィエム ニ短調』K.626(ランドン版)
~ブルーノ・ヴァイル(指揮)、ターフェルムジーク・バロック管弦楽団、マリーナ・ウレヴィッツ(Sp)、バルバラ・ヘルツル(Ms)、イェルク・ヘリング(T)、ハリー・ファン・デル・カンプ(Bs)、テルツ少年合唱団
CD30枚にも及ぶboxセットの鑑賞の旅も、やっとこさ半分に来た。
モーツァルトのレクイエム(鎮魂ミサ曲→要はキリスト教版のお葬式の音楽)は古来つとに知られた名曲だが、僕はカラヤン盤しか所有して居なかった。

だが常々僕は思って居た事だが、このヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮する宗教声楽曲は、魂や心が籠って居ると言うよりも、何か何処か作為的なわざとらしさを感じさせる、真に感動出来る演奏は余り無い様に思って居た。
もちろん彼は常に、所謂カラヤン美学・カラヤン芸術を全開にした、音の表面をピカピカに磨いた妖艶で美しい演奏な事は、このモーツァルトのレクイエムとて全く同じなのだが、それが殊に宗教声楽曲の再現・演奏となると、帝王カラヤンの志向する方向性やベクトルは、本来とは別の方向に行ってしまって居る様に、僕には時として思えてしまうのだ。

だがこのブルーノ・ヴァイル盤のモーツァルトのレクイエムを聴いてみて、僕はカラヤン盤よりもこちらの方がしっくり来た。
余計に飾り立てる事無く、さっぱりとした音感に仕上げて、素朴に丁寧に演奏する。
こちらの方が、鎮魂ミサ曲の再現・演奏には相応しいのではないか?
僕も伯母や義父が相次いで亡くなり、こうした古典作品のレクイエムが、しみじみと心に染み入る様に、やっと最近この年齢に成って、少しづつ感じられる様になって来たものだ。









